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分からない=恥って風潮はマジで消えてほしい。私は小学生の時、勉強ができず自殺しようとした。

 

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こんばんは。みそ川です。

 

私は小3の時、

あまりのある割り算ができなくて自殺しようとしたことがあります。

 

今では、別にそこまで思いつめることはなかったじゃんと思いますが、

当時小学校3年生(9歳)の私にとっては、大問題だったのです。

 

 

 

あまりのある割り算ができない

 

あまりのある割り算とは、「5÷3=1あまり2」といったような、

割り切れない割り算のことです。

 

割り切れる割り算はバンバン解けるのに、

私はこのあまりのある割り算がどうしてもできませんでした。

 

当時「あまり」という言葉を聞くだけでマジで吐きそうになりました。

「あんまり~ない」の「あんまり」を「あまり」と言うのもはばかられるほど、

本当に本当にできなくてつらかったんです。

 

今では何でできなかったのか不明ですが、

なぜか当時できないポイントにドはまりしてしまってたんです。 

 

もう本当に一ミリもわからないので、全部適当にやってました。

でも分かるようになりたいっていう思いはあったんですよ。

毎日教科書の最初の簡単な問題の例題とか解法を復習してたんですが、

それでも、どうしても、教科書に書いてあることがワカラナイ・・・・!

 

毎日出される100問プリント

 

私はとっても真面目な生徒でした。

ちゃんと授業で先生の話を聞いていたのに、それなのにできなかったんです。

真面目だけど、別に要領よく何でもこなせるわけじゃないんです。

なんでみんなこんなにスラスラ解けるんだろう。って不思議でした。 

あ、自分はバカなんだって落ち込みました。

 

授業が進むにつれて辛さが増していく中、さらに私を苦しめることが起きました。

それは、毎日出される100問の宿題プリントです。

 

文字通り、あまりのある割り算の問題が100問並んでいるプリントです。

ただできないだけだったらまだいいんですが、

 

毎日出される=毎日答え合わせがある

 

この答え合わせが超絶恐怖でした。

 

未だにあるのかはわかりませんが、

 

生徒「(答えを言う)」

先生「合ってますか?」

生徒一同「あってます」or「ちがいます」

 

このタイプの答え合わせでした。

私はこの答え合わせでいつも生徒一同の大きな「ちーがーいーまーす」を食らっていました。 

 

その度に恥ずかしくて、適当にやってるのが先生にバレるんじゃないかってかなり怖かったです。

 

 

このタイプの答え合わせ考えた奴出てこい

 

 

まあ当然全問×なので、不自然にならないように×〇〇×〇とか適当につけてました。

 

斜め後ろの男子に、「うぅわ、おまえ、正答率やべえな」みたいなことを言われた覚えがあります。(正答率なんて言葉は使ってなったと思うけど)

 

「てか全問正解とかスゲーな!」とかおちゃらけて返してましたが、

内心黒いモヤモヤに支配されていました。

 

恐怖は2段構え

 

答え合わせが終わった後、一人一人先生の机の横に並んでプリントにハンコを貰わなければいけなかったんです。

 

答案を先生に見られる、という事がもう死ぬほど恐怖でした。

自然な正答率になるように適当に〇×を付けていた私の完璧な(?)回答…

 

 

 

ある日ついに全くできていないことがバレましてですねwwww

 

 

 

f:id:blogmiso:20161222223736p:plain 先生「えっ、なんでこんなに合ってないの?」

 

f:id:blogmiso:20161207002123p:plain「・・・・・・・・・・・・・」

 

f:id:blogmiso:20161222223736p:plain 先生「えっ、ちょっと一回席戻って。はい次ー」

 

f:id:blogmiso:20161207002123p:plain「バレタ(^-^)(^-^)(^-^)(^-^)(^-^)(^-^)(^-^)(^-^)(^-^)

 

 

そうして私は、席に戻りました。

先生は、私の後ろに並んでいた生徒たちのプリントにハンコを押し、

列がなくなった頃・・・・・・

 

 

 

f:id:blogmiso:20161222223736p:plain 先生「みそ川さんちょっと」

 

 

私以外の生徒がみんな席についている状態で、

私は先生の机の横に呼ばれました。

 

 そして、そこから地獄の問い詰めが始まります。

 

 

先生「え?なにこれ」

「・・・」

先生「5÷3は?」

「・・・・2」

先生「2ぃ??????????」

「・・・・・・」

先生「5の中に3は何個あんの?」

「・・・・・2」

 

頭が真っ白でもはや2しか答えられない模様

 

皆の前で????

自分が??勉強ができていないという様を???

さらされている??

しかも??

怒られている?????????

 

それだけでもう、小学生にとっては大ダメージです。

 

静まる教室。

 

先生の「ちゃんと復習しといて」でやっと解放された私は、

半泣きになりながら席に戻りました。

 

頭が真っ白で、視界が真っ白で、その後のことは覚えていません。

 

 

そして遂に…  

 

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その夜、憔悴しきった私は、家で洗濯物がまとめてある人気のない部屋の

洗濯物干しに、当時流行っていた手で編んだ毛糸のマフラーを引っかけて

 

首を釣りました

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あ、でも上の写真みたいな洗濯物干しにマフラーかけてたので、第一強度がなさすぎるし、足が余裕で着いちゃったんですよね。

 

 

結果:死ねませんっしたwwwwwwwwwwww

 

 

 

なぜ分からないことを分からないと言えなかったか

 

思い返すと、学校の授業って

 

分からない=いけないこと

 

だったんですよね。

 

答え合わせでもあるように、間違っていればクラス全員から「ちがいます」の総攻撃を受ける。

 

答えが合っていることだけが、正しい。

答えが間違っていることは、いけないことだ。恥だ。

 

そんな常識が植え付けられてしまったんですね。

 

学校っていう勉強する場所で、肝心の「分からない」っていうことが

なんでもっと尊重されなかったのか。って思います。

 

教えるプロであるはずの教師だって、全員が教える技術があるわけじゃないしね。

 

授業外の時間に先生に聞くっていう発想がなかった

 

授業を受けて、分からなければそれまでっていう考えだったんです。

授業外の時間で、先生が生徒の質問に答えてるのなんて見た事ありません。

 

先生は休み時間になったらどっか行っちゃうしね。

 

基本的にみんなと違う=恥っていう風潮があったので、

放課後残って聞くとかもできなかったです。

 

だってほら、残って勉強って

居残り  でしょ?

 

居残りって、決められた時間にできなかった落ちこぼれのもの、でしょ?

 

そんなのやだよ

 

親にも怒られたよ

 

実はこのあまりのある割り算が分からなくて、親に教えてもらおうとしたこともありました。

でも、それでも分からなくて、結果怒られるだけで嫌になりました。

 

ああ、誰にも助けを求められなかったんだなって思います。

今だったら教えてほしいことがあったらそれなりに突っ込んでいけるけど、

小学生にそれは、無理だよ。

 

まとめ

 

学校の勉強って、

「特に教える技術が高いわけでもない教師が、

全員がついてきているという前提で授業をする」

 

って感じでした。

 

当時は、ついていけない自分がバカだからいけないんだって思っていましたが、

 

普通に考えて

一人の人間の発言を30人の生徒が同じように理解するってないよね??

大人ならまだしも、小学生ですよ?

 

おまけに分からないこと=恥だし、はぁ?どうしたらいいのって感じです。

 

早く、分からないってことが尊重される世の中になってほしいと心から望むよ!